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イカボードとトード氏

おすすめ度
2.5 / 5

あらすじ

ケネス・グレアムの児童文学とワシントン・アーヴィングの怪談小説を原案にした二本立てのディズニー長編アニメーションです。1949年公開のシリーズ第11作です。

ネタバレ無し

二本立ての構成

本作は「たのしい川べ」をベースにした「トード氏の大冒険」と、「スリーピー・ホローの伝説」をベースにした「イカボード先生の冒険」という2本の短編をつなげたオムニバス形式の作品です。戦後の混乱期に製作費の制約があった時期に作られたディズニーのオムニバスシリーズの最終作で、前半はバジル・ラスボーンが語り手を務め、後半はビング・クロスビーが語り手兼歌い手を担当しています。担当する俳優のトーンが全く異なるため、二つの短編の雰囲気の違いが際立っています。

前半:正気と狂気のあいだにいるトード氏

トード氏パートは、新しいものへの執着が常軌を逸しているトード氏が中心のコメディです。初めて自動車を見た瞬間から完全に「いかれて」しまう描写は、好奇心や趣味の域を超えた中毒的な熱狂として描かれており、笑えながらもどこか怖さがあります。屋敷まで差し出してしまうという展開は極端ですが、その行動に一切の迷いがないのがまた妙なリアリティを持っています。ラット(ネズミ)やモール(モグラ)たちが何度忠告しても耳を貸さないトード氏は、友情や常識よりも欲望が勝ってしまう人物として描かれています。

後半:雰囲気が一変するイカボード先生の物語

後半は同じディズニー作品とは思えないほど色調が変わります。スリーピー・ホロウにやってきた教師イカボード先生は臆病で欲張りだがどこか愛嬌のある人物で、ビング・クロスビーが歌いながら物語を進めていく形式が独特です。イカボード先生自身はほとんど台詞を持たず、表情と動作だけで性格が伝わってくるアニメーション表現が見事でした。後半に向けて徐々に不穏な空気が入り込んでくる構成が巧みで、ハロウィンのシーンあたりから観ていて落ち着かなくなってきます。

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トード氏の裁判と奪還

トード氏は悪役のウィーゼルたちに騙されてトード・ホールを乗っ取られ、冤罪で牢獄に送られます。牢番の娘の助けで脱出してからも混乱が続き、最終的に仲間たちと屋敷を取り戻すというのが前半の流れです。コミカルな外見ながら冤罪、財産の横領、脱獄といった要素が含まれており、子ども向けにしてはかなり辛口な内容です。最後に新しいものへの執着が再び始まる描写で締めくくられており、トード氏は根本では何も変わっていないというオチになっています。

イカボード先生の打算と三角関係

イカボード先生がカトリーナ・ヴァン・タッセルに近づく動機が純粋な愛情というより裕福な農場主の娘への打算込みであるという描写は、主人公としては珍しい造形です。ライバルのブロム・ボーンズは粗野ですがカトリーナへの気持ちは本物らしく、どちらが正しいとも言い切れない三角関係になっています。ハロウィンのパーティでブロムが意図的に首なし騎士の話を吹き込み心理的に脅かす場面はかなり陰湿で、イカボードを単純な被害者にしていない作りが効いていました。

首なし騎士の追跡と正体

帰路についたイカボードが森で首なし騎士に追われるシーンは、ディズニー映画の中でも屈指の怖さです。笑いを取っていた前半のトーンが完全に消え、音楽とアニメーションで純粋な恐怖が演出されています。首なし騎士は表情も言葉も持たず、ただ一定の速度で追い続けてくる存在で、対話の余地がないことがかえって不気味さを増幅しています。このシーンを子どもの頃に観てトラウマになったという声は多いです。

ただし首なし騎士の正体については、作中に意味深な描写があります。ブロム・ボーンズがパーティで首なし騎士の話を語った際に不自然なほど楽しそうにしていること、追跡シーン終盤の高笑いがブロムを連想させること、などから「実はブロムが仮装して脅かした」という解釈が根強くあります。原作のワシントン・アーヴィングの小説でも同様の示唆があり、ディズニー版もそれを踏まえた演出になっています。

曖昧な結末

イカボード先生はその後スリーピー・ホローから姿を消し、消息は語られません。ナレーターは「遠くで幸せに生きているかもしれない、あるいは首なし騎士にやられたのかもしれない」という含みのある言い方で締め括ります。ディズニー映画としては珍しく後味が引っかかる終わり方で、後半のホラー的なトーンと一致した着地でした。カトリーナはブロムと結婚したとされており、打算のあった外来者のイカボードが完全に締め出される形になります。

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